TOP > 寸法直し専門店 こっとんハウス 日記 > ちょっと気になった記事です 働くとは?幸福論とは?
グローバル化の進展により、国の枠を超えて活躍する「グローバルエリート」が生まれている。しかし、そのリアルな姿はなかなか伝わってこない。グローバルエリートたちは何を考え、何に悩み、どんな日々を送っているのか? 日本生まれの韓国人であり、国際金融マンとして、シンガポール、香港、欧州を舞台に活動する著者が、経済、ビジネス、キャリア、そして、身近な生活ネタを縦横無尽につづる。
さて、われらが東洋経済でユニクロ論争が熱を帯びていたが、フランスの彼方から勝手に参戦させてもらおう。というのもレバノンとかペルーとかなじみのない路線に転換したところ、まるで人気がなかったので、再び皆様のそばに帰ってくることにしたのである。
まず、(グローバルエリートは見た! の親愛なる読者を除く)皆さんは、ユニクロに対して怒りすぎである。ユニクロだけに批判が集中しているが、新入社員の半分どころではなく、8割が数年で辞めている企業はいくらでもある。厚生省の統計でも20代のサービス業は一番転職率が高い層だ。そして同業他社に限らず、某住宅販売大手の営業など、社員をこき使って社長と株主が大儲けしている企業はいくらでもある。
そしてなぜこれらの企業が大きくなるかというと、安価で値段の割には比較的良質な商品を提供し、消費者が便益を享受しているからである。間接的に一部のユニクロ社員を搾取する側になっているのに気づかず、ユニクロの経営陣だけを批判するのはお門違いであろう。
ユニクロはブラックだと怒っているあなたも、3着1000円の靴下とヒートテック、そしてカラフルなフリースをお持ちのことだろう。下手したら5000円の安価で売ってるカシミヤのセーター、また小さな袋に収納できる恐ろしく軽いダウンジャケットもお持ちなのではあるまいか。それらを驚きの安さで買えているのは、低賃金でこき使われている社員の皆様(全員が全員とは決して言わないが)のおかげなのだ。今日を起点とし、仮に忙しい店員さんがちょこっと対応が悪かったといって、激怒するのはお控えいただきたい。
最近“フェアトレード”というコンセプトが広まりつつあり、激安賃金で現地労働者をこき使うコーヒーメーカーからは豆を買わない、といった運動が拡大しているが、ユニクロに対し国内版フェアトレードを求めて不買運動する人がいるだろうか。私は99%の確信を持って申し上げるが、大多数の方々は今後も引き続き、手軽で安いユニクロウエアを喜々として大人買いされることであろう。
■ 「ブラック企業ではなく、グローバル企業」の真意とは
新年の対談で城繁幸氏が「ユニクロはブラック企業なのではなく、グローバル企業なのだ」とおっしゃっていたが、皆様はこの言葉をどのように解釈されただろうか。そのときは城さんとの会談に遅刻したことでパニくっていたため、あまり気に留めない言葉だったのだが、思えばユニクロで起こっていることは、資本主義のグローバル競争では必然の結末なのだとも解釈できる。
つまり完全競争のグローバル市場では、財やサービスが生み出されても資本家と顧客は便益を受けるが、その投入要素で代替可能な労働者は、搾り取られる運命にあるということだ。一昔前は規制で労働者、資本家、顧客への富の分配に一定の枠があったが、グローバル競争になると一国の国内の規制だけでは対応できず、勇み足でそれをやってしまうと競争に敗れ、国内から当該産業が消え去るリスクがある。
まぁ、産業で生み出された付加価値を資本家と労働者がどう分配するのか、というバランスの観点で見れば、投資家に利益が寄りすぎている気もするが、グローバル市場での労働コストに収斂するまで、実質賃下げか産業流出の難しい選択が迫られるだろう。労働者の皆様の目覚めと突然の生産性向上でもない限り、これは避けられない運命である。
ここで肝なのが“生産性の向上”というキーワードである。
仮に代替不可能な余人をもって代えがたき人材であれば、ユニクロとてあなたを過度にこき使うことはできないということだ。以前のコラムでも述べたが、優秀で生産性の高い社員を多く抱える業界では、会社に収入をもたらしてくれる“長期資産”であるあなたをつなぎ留めるために、これでもか、というくらいの豪華な福利厚生がついてくる。
■ アセット待遇を受ける社員と、コスト扱いの社員の差
最近びっくりしたのは、マレーシアの政府機関で働く友人の話だ。
一般的に労働環境がよいとはいえない東南アジア諸国だが、たとえばセントラルバンク(中央銀行)などで働いている人材の場合、嫁さんが留学するとなればその嫁さんが留学している数年間、旦那も会社から給料をもらいながら嫁さんについて海外に行けるのである(ちなみにその旦那は政府系銀行に籍を置いたまま、国のお金でパリでパテシェ留学中である)。
ほかにも一部米国系金融機関でも、長期出張するときに「Signifcant Others(配偶者・恋人などの重要な人)」向けの予算として、奥さんや彼女一人を連れて行く往復のビジネスクラスチケットを会社が用意してくれたりする。
そして某米国系弁護士事務所では、エクスパット(本社から海外支社に派遣される社員)として東京で半年ほど働くときは、東京ミッドタウンのオークウッドで月100万円くらいのサービスアパートメントが用意される。
会社は、代替が難しい、会社に利益をもたらしてくれる社員を引き留める努力(=長期資産化する努力)を会社の戦略的優先課題と見なしている一方、そうでない代替が簡単な社員はできるだけ安い費用として扱い、バランスシートから切り落としていく。
この論理で行くと、社員にできるのは“多少自分が利益をもたらさなくても自分を大切にしてくれるアリガタイ会社”を見抜くか(ただしそんな会社のサステイナビリティは疑問だが)、自分の生産性と、会社にもたらす資産価値を高めるしかないということになる。
■ ビジネスモデルを見れば、社員への待遇は予測できる
そもそもユニクロは安価で高品質というのを売り物にしており、増益と株高でも有名なのだから、搾られるのは投入コストの原材料メーカーと労働者であるのは当たり前のことではないか。高級ブランド路線で高マージンと高給人財を結集しているビジネスモデルでないのは明らかなのだから。
われらが東洋経済の記事にもあったが、マクドナルドにしてもしかり、安価を強みにしている業態の最前線で働いたら、牛肉と小麦粉代が値切られるのと同様、労働賃金も値切られる。(人工的に)最低賃金でフロアが設けられていたとしても、規定外で長時間働かされることで実質的な平均単価は下げられる運命にあるのだ。
■ ブラック企業にだまされないために、常識的な感覚を
ただし私は「ユニクロがブラックというのなら、ほかにいい仕事を探せないあなたが悪い」などと突き放すつもりはない。(決してユニクロのことではないと強調しておくが)確かに情報の非対称性を利用して就職活動者を食いものにする悪徳企業は存在するので、ちょっとしたヒントを残しておきたい。
まず一般的に起こる問題だが、総じて就職説明会やパンフレットはもはや単なるCMとなっており、会社が社員に提供できるキャリアや便益とは懸け離れた上っ面のイメージ戦略が跋扈している。
“グローバルリーダー募集”のような、やたらとエキサイティングな機会が、大してスキルのない自分に回ってきたら、「これは絶対儲かるから、タイのエビ養殖屋に投資しよう! 」という怪しい投資勧誘に抱くべき警戒心と同レベルの警戒が求められるだろう。実力のない自分が特別扱いされるわけもなく、高い評価を受けるわけもなく、面白い仕事が回ってくるわけもないのだ。人は自分の幸運について過大評価しがちで青い鳥を求めてさまよう生き物だが、白昼夢より現実に関心のある人は、自分の幸運さに関して保守的に見積もろう。
ユニクロの海外戦略に合わせニューヨーク勤務して、ヨーロッパ進出をサポートして……といった、かっこいい夢を抱きがちだが、そうした仕事は、何年もかけてその職にふさわしいことを証明して初めて任されるものだ。それなのに、この当たり前のことをわかっていない人が(われらが「東洋経済オンライン」の読者の皆様を除いて)多い。
会社はイメージを高めるために美男美女をパンフレットに載せて、“社会貢献事業を支援しています”といった広告を載せるが、社員のごく一部の広報要員の仕事を自分ができる可能性は1%以下なのに、その可能性に胸を膨らませる人が多いのはあまりにもナイーブである。
ユニクロに限らず、総じて企業のイメージアップPRにだまされることのないよう、企業CMや就職説明会での宣伝は、ユニクロの冬服のファイナルセール並みに割り引いて考えるのが妥当な線であろう。
■ ユニクロの今後の展開
さて、ユニクロの今後だが、私は楽観的な見通しを持っている。というのもわれらが東洋経済の特集もあり、ユニクロの労働条件に対する社会的批判が高まった。リテールビジネスは消費者からの信頼とブランドイメージが命であるため、社会的に高まったユニクロ労働環境に対する批判は“サプライショック(投入要素の急激な値上がり)”と同じ役割を果たす。
社員の満足度を高め、社会からのブランドイメージを取り戻すことが売り上げにつながるサイクルに入っていくので、社員の待遇改善がより戦略的な重要性を増すことになるだろう。“鬱病フリース”、“株価と離職率が最高値を更新”などと日本国内で揶揄されると、海外展開のブランド固めにも響くものだ。
となると労働分配率が増えるので、当然マージンは圧迫され、利益率と株価に下方圧力がかかるはず……ということで株価をチェックしてみたのだが、株価が高い! われらが東洋経済の特集が株価になんら影響を与えておらず、すさまじい株価パフォーマンスを示している。
過酷な労働条件と引き換えに利益と株価で株主は潤う――今頃マルクスが、「だから言ったこっちゃない、100年遅れたけど言うたとおりやったでしょ!? 」と、草葉の陰で笑っていることであろう。
ムーギー・キム